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2009年5月3日 - 2009年5月9日の記事

2009年5月 9日 (土曜日)

姫宗和

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今日の稽古のお菓子。小石川・一幸庵製「麦手餅」。

石州以外にも道安の茶系を伝えている者がいる。宗和流の祖、金森宗和だ。『十三冊本宗和流茶湯・跋書』に「此道は利休居士を祖となして、利休、同息道安、金森法印、同息雲州被受相伝、宗和老雲州の嫡子たる故、無残所伝授也」とある。

宗和も謎の多い人物である。大名家に生まれながら廃嫡されるもの、その後剃髪して宗和と名乗り、牢人の身ながら公家、大名、僧侶、有力町人など華麗なる人脈を築き上げた。また御室焼を指導し仁清が世に出るきっかけを作ったとされる。

宗和は、近衛家をはじめとする公家の後援を得、後に姫宗和と呼ばれる。武家と公家の関係は鎌倉以来、犬猿の仲であることは言うまでもなく、時の権力者である将軍家の遠州の茶でもない、また大名家に仕官した三千家の祖、少庵、宗旦の流れでもない、廃嫡され徳川家との縁も切れ、道安の道統を受け継ぐ宗和だからこそ、公家達の眼に叶ったのではと想像出来る。

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2009年5月 8日 (金曜日)

茶の湯の道統

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今日の稽古のお菓子。小石川・一幸庵製「唐衣」。

昨日の続き。利休、織部、遠州と続いた茶の湯の道統、さらには千家再興を許された養子、少庵、宗旦の道統をも、4代将軍家綱の時代に至って、石州の登場によりその座を明け渡す。歴史から消された利休の実子、道安の道統が復活するのである。石州の門弟でもあった保科正之の強力な後援があってのことだろうが、将軍の子として生まれながら、正室のお江与の嫉妬を恐れた秀忠によって世間にその身分を明かすことなく育てられた正之の生い立ちとクロスオーバーするのは偶然か・・・。そして幕末までの200年間、道安の茶の湯、石州の時代が続くのである。

ここからはフィクション。何故、亜流と見なされてきた道安の道統が復活したのか?遠州出生の秘密、お江与との関係を考えると、一世を風靡する遠州のお茶を快く思っていなかった正之は・・・。

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2009年5月 7日 (木曜日)

茶人の資質

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今日のお茶。福岡県矢部村・栗原製茶詰「初摘み煎茶」。

江戸時代の茶の湯は遠州亡き後、石州流が茶の湯をリードしていく。松平不昧、井伊直弼も石州流の茶人である。にもかかわらず、片桐石州は遠州、宗旦、宗和など当時の茶人間の評価も芳しくない。四面楚歌の状態だ。その一つが石州は目利きではなかったということだ。

「阿部豊後守殿忠秋にて舟越伊与守殿、片桐石見守殿、宗古一座に在しに、利休作と申、田畠休甫にせ候、夫に付見物有しに利休ト石州被申候、石見守殿ニハ御目不聞申と申候事」と桜山一有筆記にもある。真贋を見極めることが出来ないと。目利きが茶人の第一条件とするならば、一番辛辣な批判である。

石州の茶の流れは千道安である。道安の弟子の桑山左近から茶の湯を学んだ。利休、織部、遠州という本流からも、少庵、宗旦という千家の流れからも外れた亜流と見なされていたのかもしれない。しかし石州自身は我こそが利休の茶を正当に伝える本流であると自負していた。

茶人の資質を問われた石州だが、現代に置き換えると、保守本流を唱えつつも弱小派閥故辛酸をなめ続け、ようやく総理の座についた麻生さんのようのものかもしれない。仲間からも尊敬されず今なお総理の資質を問われ続けている。しかし、石州は麻生さんとは全く異なる。それは遠州と同様、覚悟を持って茶の道を歩んだことである。その覚悟が不昧、直弼と偉大な茶人を生む力となる。

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2009年5月 6日 (水曜日)

磁器と陶器

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今日のお茶。嬉野・太田重喜製茶詰「玉緑茶」。

天皇家の食器を拝見する機会を得た。我々が抱く磁器への憧憬をむべなるかなと納得させてくれるものだ。茶道の主役は磁器よりも陶器であることが多いが、陶器は磁器と比べると下手であり格下であった。土物に光を当てたのは茶人の眼であった。井戸茶碗を前に「いい茶碗だーだが何といふ平凡極まりないものだ」と心の内に叫び、茶人の審美眼を賞賛したのは柳宗悦である。それに疑念を挟む人がいるならば「茶心がない」「侘び寂びがわからない」と茶人失格の烙印をおされるかもしれない。しかし、茶人の眼は特別であって、日本人の美意識を代表するものではない。

かつて唐物全盛の時代には磁器は民衆の生活とはかけ離れた存在であった。秀麗で妖艶な光を放つ磁器に、貴族、武家ならずともその魅力の虜となった。今日でも食器棚の陶器と磁器の割合を見れば明らかであろう。もちろん強度、量産出来るなど物理的・経済的要因もあろうが、その端麗な姿、そこから放たれる高級感、清浄感は生活の中においても多くの人たちに受け入れられている。

美にスタンダードがあるとすれば、陶器にはそれから外れた物もあるだろう。長年使い込むだ状態、いわゆる時代がついた茶碗を美しく思う人もいれば、汚らしいと思う人もいる。評価が分かれて当然だ。しかし、普段陶器に馴染みがない方も長く付き合えば付き合うほど、その魅力の一端に気がつくかもしれない。1年間同じ陶器の茶碗でお茶を飲み続けてみるのもその方法だ。自分が飲む分には大丈夫だろう。評価はそれからでも遅くない。

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2009年5月 5日 (火曜日)

御作舞

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今日のお菓子。小石川・一幸庵製、節句に因んだ和菓子いろいろ・・・。

「宗易何となしに茶立口ヲ明被出、いつ仕廻候かとしれ不申候、古織ハ御作前見事、諸事ノ様子とかふ不被申候、宗易ハ名人、古織は上手・・・」と桜山一有筆記にある。利休と織部の手前の違いを述べたものである。利休はいつ点ていつ仕舞ったかわからないほど目立たない点前であるが、織部は所作も美しく見事な点前であると。そこが名人と上手の違いでなのであろう。

心地よい美しく響く音楽についウトウトと眠ってしまうような点前が利休。織部の点前は目を見張る演奏テクニックに聴き惚れるようなものか。美しい点前をしたいというのは常に心がけていることだ。それを目指して稽古をする。しかし、見せようと思う心が強く働くと真の点前から離れていく。

その前にまずは上手を目指すことだ。

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2009年5月 4日 (月曜日)

茶風

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今日の音楽。「TOSHIKO AKIYOSHI-LEW TABACKIN BIG BAND INSIGHTS」

PCからご覧の方はお気づきのことと思うが、左のサイドバーに「あなたの好きな茶人は?」というアンケートを作ってみた。織部、三斎、遠州、宗和、宗旦、石州はいずれも江戸時代初期に活躍した茶人である。お慰みにご投票を。

「織理屈、奇麗キッハハ遠江、於姫宗和ニムサシ宗旦」。古田織部、小堀遠州、金森宗和、千宗旦の茶風をあらわすのにしばしば引用される狂歌である。織理屈というのは未だに理解できないところだが、このように時代が下がるに従って、それぞれの茶人のイメージが作られる。しかし、イメージが先行すると、そのレンズを通してしか見ることができない危うさがある。先の投票もどんなところが好きなのか知りたいところだ。

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2009年5月 3日 (日曜日)

投げ入れの妙

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今日の音楽。「WYNTON MARSALIS STANDARD TIME Vol.2 INTIMACY CALLING」

先だっての茶花の講習会の時にも尋ねられたが、「茶花の生け方と華道の生け方とはどう違うのか?」。

『桜山一有筆記』に「近衛殿遠江守殿を振舞被申候とて池坊専好ヲ御呼生花被申付候、扨遠州此花ハと御挨拶ニ、茶湯ノ心かつて不好者ノ入候由被申候」とある。どんなに素晴らしく生けても茶の湯に合わないこともある。また「茶湯なけ入と妙ノさた、立花は緒ニて巻、又紙ニて巻、針ニて打付・・・」とも。

華道の花は基本的な形式が決まっているが、茶の湯の花は投げ入れの妙と云われるように自由である。決まった形がない。しかし、文字通り投げ入れてしまってはダメだ。自由だからこそ、自然の形に逆らわず、調和を崩さないよう繊細な心で生けなくてはならない。その心は、自然の中での茶会、野点の極意にも通ずるのではないかと思う。南方録に「定法ナキガユエニ 定法、大法アリ」と。

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