姫宗和
石州以外にも道安の茶系を伝えている者がいる。宗和流の祖、金森宗和だ。『十三冊本宗和流茶湯・跋書』に「此道は利休居士を祖となして、利休、同息道安、金森法印、同息雲州被受相伝、宗和老雲州の嫡子たる故、無残所伝授也」とある。
宗和も謎の多い人物である。大名家に生まれながら廃嫡されるもの、その後剃髪して宗和と名乗り、牢人の身ながら公家、大名、僧侶、有力町人など華麗なる人脈を築き上げた。また御室焼を指導し仁清が世に出るきっかけを作ったとされる。
宗和は、近衛家をはじめとする公家の後援を得、後に姫宗和と呼ばれる。武家と公家の関係は鎌倉以来、犬猿の仲であることは言うまでもなく、時の権力者である将軍家の遠州の茶でもない、また大名家に仕官した三千家の祖、少庵、宗旦の流れでもない、廃嫡され徳川家との縁も切れ、道安の道統を受け継ぐ宗和だからこそ、公家達の眼に叶ったのではと想像出来る。
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